大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)1603号 判決 1979年6月28日
原告 木原祺夫
右訴訟代理人弁護士 筒井貞雄
被告 株式会社 東京サンド
右代表者代表取締役 福間一郎
被告 石坂洋
右被告両名訴訟代理人弁護士 藤田良昭
同右 野村正義
同右 瀬川喜子雄
主文
一 原告の被告両名に対する請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
「(一)被告両名は各自、原告に対し金四二七万二、〇〇〇円およびこれに対する昭和五二年七月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告両名の負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言。
二 被告ら
主文と同旨の判決。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
(一) 事故の発生
昭和五二年七月五日午後零時三五分ころ堺市土塔町一三二番地先泉北高速鉄道高架下の交差点において、西から東に向かって進行中の訴外小野吉明運転の普通貨物自動車(泉四四ま五〇一〇号、以下原告車という。)に東から北に向かって右折進行中の被告石坂洋運転の普通貨物自動車(大阪四五ち九九五八号、以下被告車という。)が衝突した。
(二) 被告らの責任
1 本件事故発生現場は前記高架の橋脚のためその高架下から東行道路を横断する車両にとっては見通しが悪いので、被告石坂は同道路手前で一時停車し、左前方に対する注視を厳にして安全を確認して交差点を通過すべき注意義務があるのにもかかわらず、漫然とこれを怠り一時停車もせずに、得意先を探しながら脇見をして被告車を運転した過失により原告車の動静に気づかず本件事故を発生させたものである。
2 同被告は被告株式会社東京サンド(以下被告会社という。)雇用の従業員で、被告石坂は被告会社の業務に従事して被告車を運転中前記の過失により本件事故を発生させたものである。
(三) 原告の被った損害
原告は本件事故当時、木原工業という商号で従業員として前記の小野、訴外木原清志、木原貴志、国中康三の四名を雇用し、訴外株式会社西海建設から鉄骨の加工、組立工事を下請し、当時、ナニワスポーツ、桃谷順天堂、堺家畜市場の各建物の鉄骨工事に従事していた。
しかし、本件事故により原告車に乗車して西海建設の工場から桃谷順天堂の建築現場に向かっていた前記の小野ら四人の従業員が全員重傷を負ったために、他の同業者に応援を依頼して前記の三工事を進捗、完成せざるをえなくなり、原告は右工事を合計一、七七一万五、〇〇〇円の報酬額で西海建設から下請していたが、それを二一二万〇、五〇〇円超過する金員を応援業者に支払わざるをえなくなり、かつ、通常報酬額の一〇%と見込まれる純利益一七七万一、五〇〇円も失った。したがって原告は、本件事故により合計三八九万二、〇〇〇円の損害を被った。
(四) よって、原告は被告両名に対して、連帯して前記損害額に弁護士費用三八万円を付加した金四二七万二、〇〇〇円およびこれに対する本件事故発生日である昭和五二年七月五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
二 被告らの答弁
(一) 請求原因(一)のうち、原告主張の日時、場所で原告車と被告車とが衝突したことは認めるが、その余の事実すなわち事故発生の態様は否認する。同(二)、(三)は否認する。同(四)は争う。
(二) 原告主張の損害は講学上「間接損害」または「企業損害」といわれているもので、仮に発生したとしても本件事故とは相当因果関係のないものなので、原告は被告らに対しその賠償を求めることはできない。
三 被告らの抗弁
仮に、被告らが原告に対し損害賠償債務を負担するとしても、本件事故は原告の従業員小野が原告の業務に従事して原告車を運転中に発生したものであり、小野にも前方不注視および徐行義務違反の同車運転上の過失があり、右過失も右事故発生の原因として寄与しているので、被告らの賠償額の算定に当り応分の過失相殺による減額がなされるべきである。
四 原告の答弁
被告らの前記の抗弁のうち、本件事故発生当時原告の従業員小野が原告の業務に従事して原告車を運転中であったことは認めるが、その余は否認する。
第三証拠関係《省略》
理由
一 請求原因(一)のうち、原告主張の日時、場所において訴外小野吉明運転の原告車と被告石坂洋運転の被告車とが衝突したことは当事者間に争いがないが、被告らは本件事故発生の態様および請求原因(二)の事実を否認するので、以下、右事故発生の状況についてみてみる。
(一) 《証拠省略》によれば次の事実を認めることができ、右認定に反する適当な証拠はない。
1 本件事故発生現場は泉北高速鉄道高架下の部分約一一メートルを挾んで北側車道幅員約七メートル、南側同約七・五メートルの各二車線ずつの東西に通ずる道路と車道幅員約六・五メートルの南北に通ずる道路がほぼ直角に交差する信号機による交通整理が行われている交差点であり、両車の衝突場所は同高架下の北側の東行車線ほぼ中央辺りであり、原告車の右前部と被告車の左前部が衝突したこと。
2 被告石坂は、被告車を運転して東西道路の南側(西行)車線を西進して来て、本件交差点の手前で赤信号に従って一時停車し、対面信号が青色に変ったので同交差点を右折して南北道路北側に入るべく高架下部分に入り、東西道路北側(東行)車線を横断通過するためその直前で一時停車はせずに、左方を一べつしただけで東行車両はないと思って、右前方に視線を向けてパン屋の看板を探しながら約一〇キロメートル毎時の速度で東行車線上に出て約三メートル直進したとき、被告車は前記のとおり東進して来た原告車と衝突し、その衝撃で小野はハンドルなどの操作ができず衝突地点から左前方約二一・二メートル滑走して車道脇の交通信号柱に同車は激突したこと。
3 被告車と原告車との見通しは被告車が高架下を進行中はその橋脚に遮られて相互に悪いこと。
4 同被告は被告会社雇用の営業担当の従業員であり、被告会社所有の被告車を運転して同会社の得意先を開発する業務に従事中に本件事故を発生させたこと。
5 他方、小野は原告雇用の従業員であるが、原告車に同僚の木原清志、木原貴志、国中康三の三名を同乗させて同車を運転し、堺市楢葉の西海建設の工場から同市百舌鳥の桃谷順天堂の建物建築現場に行くため東西道路北側車線中央付近を約四〇キロメートル毎時の速度(なお、公安委員会指定の最高速度は四〇キロメートル毎時)で西から東に向かって進行し、対面信号が青色表示であったから、本件交差点を直進通過しようとして、その進入直前辺りで同道路北側車線を横断すべく進入しようとしている被告車を発見したが、同車は右折車であるので、原告車に進路を譲ってくれるものと考えて同一速度のまま進行したところ、前認定のとおり両車は衝突し、小野は衝突直前までなんらその回避措置は採っていないこと。
(二) 右事実によれば、本件事故発生の原因として被告車を発見後、同車は原告車に進路を譲ってくれるものと軽信し、被告車の動静に十分注意を払わず、その動向に応じて徐行も一時停車もせずに漫然と約四〇キロメートル毎時の速度のまま進行した小野の過失もその一端として寄与しているとはいえるが、被告石坂には本件交差点を右折、横断するに際して東西道路北側車線に進入直前左前方を一べつしただけで、右前方の方ばかりに視線を集中して、既に間近かに接近している原告車に衝突時まで気付かなかった過失があり、右過失が右事故発生の原因となっていることは明らかであり、かつ、同被告は、被告会社の業務の執行として被告車を運転中前記の過失により右事故を惹起したものである。したがって、被告石坂は民法七〇九条により、また、被告会社は被告石坂の使用者として同法七一五条一項により、かつ、被告車の運行供用者として自賠法三条本文により、前記の双方の過失割合等をしん酌して過失相殺した限度で、右事故により発生した相当因果関係の範囲内の損害を賠償すべき債務があり、被告両名の右各債務は不真正連帯債務であるといえる。
二 そこで原告主張の損害について検討する。
(一) 《証拠省略》によれば、原告は本件事故当時木原工業という商号で従業員として小野、木原清志、木原貴志、国中康三の四名を雇用して西海建設から鉄骨の加工、組立工事を下請し、ナニワスポーツおよび桃谷順天堂の各鉄骨組立工事に従事し、右事故当時前者の進捗度は二〇%位、後者のそれは九〇%位であり、堺家畜市場の同工事にも近く取りかかる予定であったこと、本件事故により小野は昭和五三年四月二四日まで入院九一日、通院実治療日数九七日を要する顔面打撲挫創、口腔内挫創等の、木原清志は同年一二月六日まで入院二八三日、通院同日数一三日を要する頭部打撲裂創、左大腿、下腿骨開放性骨折等の、木原貴志は同年八月ころまで入院一二一日、その後通院治療を要する顔面打撲挫創、口腔内挫創等の、国中は約六か月の安静加療を要し、相当期間入院を要した左大腿骨折等の傷害を被って就労不能になり、やむなく原告はナニワスポーツの工事は伊藤工業、共和鉄工等の同業者に応援を依頼して完成させ、応援業者に合計一、二八七万〇、五〇〇円支払い、右は同工事の請負額一、〇七五万円を上回るものであり、桃谷順天堂の工事は元請の西海建設が引次いで完成させたが、原告はそのため当初の請負額七五万五、〇〇〇円から一〇万円を差し引いた報酬額しか支払を受けず、また請負額六二一万円の堺家畜市場の工事は下請を断念せざるをえなくなったことが認められる。
(二) しかし、本件事故により、原告は小野ら四名が受傷して就労不能に陥り同人らに対する雇用契約上の労務給付請求権を失い、その給付によりもたらされる利益を失ったうえ応援業者に対し余分の支払をして損害を被ったとしても、右の逸失利益等の損害は本件事故から通常発生が予測される損害とはいえず、特別の事情に基づき発生した損害であり、右事故発生のとき被告らにおいて右事情の存在を予見しまたは予見することができたと認めうる特段の証拠もなく、かつ当事者間の損害の公平な負担の見地からも前記損害は被告ら加害者側の負担とすべきものと認めるのは相当でないので、仮に原告が右損害を被ったとしてもそれは本件事故と相当因果関係がある損害と首肯するには十分でないと思料される。
三 そうだとすると、原告の被告両名に対する本訴請求はその余の判断をするまでもなく、弁護士費用の請求を含めて理由がないので、すべて失当として棄却を免れない。よって、これを全部棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 片岡安夫)